コロナウィルスが猛威を振るっています。感染された方々には、心よりお見舞いを申し上げます。
どうか終息にむかっていけるよう、願っています。
3月半ば、いつもなら卒業式や卒園式に、地域の民生委員として出席するため
仕事半分ボランティア半分の毎日を過ごしているんですが、
今年はコロナウィルスの感染拡大防止のために、免除されました。
各行事は当事者の卒業する方と先生がた、保護者、来賓は最小限のPTA会長と地域の会長のみとなりました。
新型インフルエンザもこんな感じにだったかなぁ・・・と思い出そうとしてみますが難しいです。
学校が休校になった息子は、私の手仕事や請負のパソコン業務に興味津々。
アトリエに入って布を触ったり、パソコン画面にふんふん頷いたり。
『やることがあるっていいなぁ。学校がないって嬉しいけど、暇~』とのこと。
私としては、休日以外で息子とじっくりお昼ご飯が食べられる、貴重な2週間になりました。
そんな息子も、明日からまた学校再開。
日曜日の午後を惜しむようにお友達との時間を楽しんでいます。
やっぱり、学校があってこその休日なのですね。
今日の午前中は息子と家庭菜園に行きました。
久しぶりに晴れて気持ちよく、野の草花がみんな太陽に向かって花を開いてました。
有機石灰で中和しておいた場所に肥料を入れ、畝を作り、レタスの種をまきました。
ツルが伸びてきたスナップエンドウに支柱を立てました。
玉ねぎのコンパニオンプランツとして、ハーブのカモミールの種をまきました。
蕾が膨らんできた苺、草むしりをして追肥をしました。
二人でやると、2時間の作業が1時間で済みます。
とっても助かりました。
作業が終わったら、近くの野原で鳴いているヒバリの巣を見つけに散策探検。
見つけられず残念でしたが、ある程度の距離に近づくとヒバリの鳴き声が止むのが面白かったです。
種をまいていると、これが本当にあのレタスになるの?
本当にカモミールの花が咲くの?なんて不思議に思います。
この不思議に思う気持ち、布を使って何かを作る時も同じ気持ちになります。
この1枚の布が、切って縫っていったら本当に財布やバッグになるの?
この糸を編んでいったら、本当にエコたわしができるの?
みたいな不思議な気持ちになるんです。
ふる本はもっと不思議です。言葉が紙の上で整然と並んでいたり、美しい絵が描かれていたり。自分は本を書いたり作ったりはできないので、始まりは想像するしかないのですが、ある言葉だったり、素描が元になって、いろんな人の手が加わって、本になって世の中に出ていくのでしょう。
種は先人の知恵と自然の恵みのおかげでちゃんと実ります。
布や糸も型紙と作り方のおかげでちゃんとカタチになります。
ふる本は残るべくしてこの世に残ってくれたおかげで、私を含めた人々の心を動かします。
野菜作りと手仕事を同じステージで語るのはおかしいかもしれませんが
自分の中では違和感ありません。
自分の手や体、頭を動かしていくことで、味方になってくれる存在が出てきてくれて カタチになるモノがある、という理(ことわり)は同じだからです。
自粛ムード漂うご時世で閉塞感が漂い、暗い気持ちになりがちでした。
でも今朝は、春の陽ざしをたっぷり浴びて心に栄養を頂きました。
これからまた手を動かし、頭を使って、丁寧に暮らしを紡ぎ、仕事に打ち込もうと思います。皆さま、どうかこれからも苺いち絵をよろしくお願いします。